ぺんたぶログ

銀行員。作家。新米パパ。そんなぺんたぶのブログ。
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問3.「作家ってどのぐらい稼げるの?」


むすこがつかまり立ちをするようになった。
リビングのソファーに座っていると、はいはいでやって来て、ぼくの膝につかまって立ち上がり、ぼくの顔をのぞき込んで「だー?」と言うのが最近のむすこブームのようである。

超可愛い。

さて。
こんな可愛くて可愛くて仕方のないむすこだが、この子が将来、
「パパ、ぼくは小説家になる!だから就職活動はしないよ!」
とか言い出したら、ぼくはどうするだろうか。

答えはひとつだ。
全身全霊、全力全開で止める。

それはなぜか。

小説家は、
「それ一本で食っていける職業ではない」と、
ぼく自身が考えているからだ。
その理由について、本日は語ろうと思う。


ぼくは、ものごとをビジネス目線でみるクセがある。

……あれ、おかしい。
殺し屋一家に生まれた少年が「音を殺して歩くのがクセになってるんだ」とはにかんで言う的な、そこはかとなく格好いい言い回しになってしまった(注:画像はイメージです)。



違う違う。
これは別に、何ら誇れるようなスキルでも何でもないのだ。
どのくらい誇れないかと言うと、たぶん、この満員電車で通勤しているサラリーマンのうち(このブログは通勤中に書いている)、だいたい8割くらいの人は、ぼくと同じようなクセを持っているレベル。

言ってみれば、サラリーマンの職業病みたいなものだ。

たとえばカフェにふらりと入ったときに、無意識のうちに「利益は出てるのかな」とか「継続的に儲かりそうかな」とか「想定されるリスクは何だろう」と思考をめぐらせてしまう、とかそんなレベルの話に過ぎない。

こんなもの、ぼくと同じく、毎日スーツに身を包み、朝から晩まで必死になってお金を稼ぐ活動――つまりはビジネスをしている社会人の方からすれば、呼吸をするように出来る芸当だ。

と言っても、まだ学生の読者の方にはイメージし難いだろうか。
ふむ。
もう少しわかりやすい例えはないだろうか。

あった。

ものごとをビジネス目線でみるなんてことは、言ってみれば、男子が女子のおっぱいを見て、「大きいな」「小さいけど将来性を感じるな」「形がいいな」と無意識のうちに判断するのと同じような、その程度の芸当に過ぎない。

女子諸君は、周囲の男子に確認してみてもらいたい。
きっと男子は口を揃えてこうこう答える。
これは他の男子もすべからく身につけているスキルであり、誇れるようなものでも何でもない、と。

仮に「いやいや俺は服の上から透視で中身まで確認できる」なんてヤツがいたら、そいつはそのスキルを誇っていいだろうけど、そんな男子はフィクションの世界にしかいない。

現実は、甘くない。

けれども透視なんて出来ないからこそ、男子はそのふたつの膨らみに無限大の魅力を感じるのだ。
だからこそ、男子は自分を磨き成長し男になって、ようやく女子諸君、きみたちを一生懸命に口説くのだ。
実に愛しい生き物ではないか。

一応、女子目線の例え話も記載しておく。

例えるなら、キャバ嬢が無意識のうちに相手男子の腕時計のランクやスーツの質、なんのことはない世間話のカケラといった情報をかき集め、分析し、その客のおおよその年収帯を推察するのと同じようなものである。
これは六本木のキャバ嬢であれば呼吸をするのと同じ感覚で出来る芸当であり、彼女らに聞いたらきっとこう答えるだろう。

「こんなの出来て当然。ぜんぜん誇れるもんじゃない」と。

話が逸れるけどあのスキルはまじで何なの。
そこらの銀行員より全然正確にローン審査が出来るんじゃないのってぐらい的確に適切に査定してくるのマジですごい。

あれ、おかしい。
誇れる。
このスキル全然誇れる。
例えとしてチョイス失敗している。

(妻へ。これは先輩から聞いた話である。ぼくはよくわからない。キャバクラとか行かないから。)

何の話をしていたっけ?
話が逸れた。
本題に戻らねば。

とにかくそんな、サラリーマンや六本木のキャバ嬢がもつ「ビジネス目線」で、作家という職業をチェックするとどうなるか。

結論。
ビジネスとして非常に厳しい。

もちろん、「作家になる」という夢を追いかけることを否定するつもりはない。
むしろ思う存分に追いかけて欲しいと思う。

パソコン、もっと言えば紙とペンさえあればいつでもどこでも仕事が出来て、早起きをする必要もないし満員電車で通勤する必要もないし怖い上司にパワハラされることもない。


けれども果たして将来むすこが目指すべき職業としてオススメできるものかと言うと、答えはNoである。
それはなぜか。

お待たせしました。
実にお待たせしました。

作家の現実について、以下に語ろうと思う。

① 作家だけで食べていけるのは全体の1%くらい

まず、世の中の作家は2種類に分けられる。
「売れっ子作家」と、「売れない作家」だ。

売れっ子作家になれたら、それは本当に夢の印税生活が待っている。
年収年千万とか何億とか、全然あり得るレベル。
西尾維新さんとか東野圭吾さんとか(彼らは本当のトップ層だけど)、新刊が出るたびに本屋さんにタワーのように積み上げられる人たちが、確かに存在している。

一般の方が「作家」と聞いてイメージするのは、たぶんこのレベルの人たちだろう。
そりゃあね、この人たちくらい稼げるのなら、ぜんぜん止めない。
むしろぜひ、今すぐ会社に辞表を叩きつけて専業の作家になると良いと思う。

けれど、このレベルの作家さんは、おそらく全体の1%にも満たないと思う。

その他99%の人たちは、新刊が出ても本屋さんの棚にぽつんと1冊刺さっているか、もしくはそれすらまだマシで、そもそも本屋さんに入荷されずに、通販で手に入れないといけないレベルとかザラ。
本屋で自分の本が売られているところを見たことがないという作家さん、けっこういます。

そして大多数はこっち側、「売れない作家」なのです。
というか、「売れない」だけならまだマシ。
なぜならまだ書いた原稿を本にして売ることが出来ているから。

実際には、その更に下流の方に、「本を出せない作家さん」がうじゃうじゃいます。
出版社に「この人の本は売れないからなー」って思われて、本を出せない人たち。

「売れっ子作家」が1%。
「売れない作家」が99%。
そしてその他に、「売れなすぎて引退した作家」が900%くらいいたりする。

なんて勝算の低いビジネスなんだろうか。
例えるのなら、全校生徒1,000人の学校があるとして、そのうち999人が男子で女子が1名の状態で、その女子を彼女にするレベルの難易度。

まぁ、ほら、売れない作家さんはどんどん撤退していくから、ちょっと競争率が下がるかもと期待するじゃないですか。
例えるのなら、3年生がどんどん卒業していく感じで。
そうすれば999人いた男子が333人減って、ライバルは666人に!

と思ったら、新入生がライバルとして入ってくる訳ですよ。
しかもただの有象無象ならともかく、その新入生たちは揃いもそろって「○○賞受賞!」みたいな華やかなフレーズを引っさげた新人たち。
例えるならジャニーズ系のイケメンが333人、新入生で入ってくる感じ。
しかも毎年毎年というか、もう毎学期毎学期ですよ。
イケメン転入生が「逃走中」のハンターのごとく次から次へと無限に供給される鬼システム。



間違えた。ハンター違い。




こんな恐ろしい学校に、大事な大事な我が子を預けられるだろうか。
もとい、こんな恐ろしい作家という業界を大切なむすこが目指していたら、ぼくは親として全力で応援できるだろうか。

本音を言おう。

どうせならフツーのサラリーマンを目指して欲しい。
作家を目指すことは否定しないけど、それを本業にするのではなく、あくまで「副業」でお願いしたい。
パパとしてそう考えるのが、嘘偽りのないいま現在の親心である。

なお、それでも将来むすこに「作家で食べていくんだ!」と強い意思表示をされた場合に備えて、
「でもほんと作家ってそんなに儲からないよ?」というパパの実体験を、以下に備忘的に記しておく。

② フツーの作家の時給はコンビニのバイト以下

一般的に本を1冊書き上げるのにどのくらいかかるでしょうか?

もちろんケースバイケースですが、どんなに筆が速い人でもきっと2~3ヶ月はかかるし、校正作業に時間がかかったりすると下手すると半年以上、時には数年単位で時間がかかります。

(ちなみに、ぼくは「作家彼女。」「ハキダメ。」という2冊の小説を書き上げましたが、それぞれ2年くらい時間をかけてます。)

そうして書き上げた本が甘めに見積もって初版1万部、そこでぱたりと売れなくなって重版がかからない場合。
収入は1万部×単価500円×印税10%=50万円。

これが、1冊の本を書き上げて得られる作家さんの収入です。

仮に1日あたり4時間×300日を執筆に充てたとして、投下時間1,200時間に対し、50万の利益。

時給にして、約416円。

時給416円。

家族を養うとか子どもを養うとか以前に、自分一人が生きていくにも足りないレベルです。

と、あまりに現実ばかり突きつけて作家を目指す若い芽を摘んでしまっても申し訳ないので、ちょっと夢のある話をしておきましょう。
上の数字、ちょっとした売れっ子作家さんになれた場合を考えてみましょう。
具体的に言うと、10万部売れたとしたら。
当然、時給が10倍になります。

10万部×単価500円×印税10%=500万円
投下時間1,200時間(1日4時間×300日)に対し、500万の利益。

時給4,160円。

さぁ、一気に夢のある金額になって参りました。

ではでは、100万部売れたら?
そうです。

時給41,600円。

なんて夢のある数字だろうか。

こう考えると、作家を目指すのも悪くないと思えてしまうから不思議である。

さて。
本日の記事で「将来、むすこが大きくなったときに伝えたいこと」をまとめよう。

①作家だけで食べていけるのは全体の1%ぐらいなので、まずは兼業作家として、しっかりと本業をもった状態で臨むべき。

②フツーの作家はコンビニのバイト以下の時給だけど、あたるとデカいのもまた事実。なので、やっぱり最初はしっかりと本業をもった状態で臨んで、実際に「売れっ子作家」になれたら仕事を辞めて作家に専念すればよい。


以上!


あと、最後に最後に、ぼくの本音!

「この記事を読んだ人が、一人でも多く、ぼくの本を買ってくれますように……(遠い目)」



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問2.「年収1,000万って、どうすれば達成できるの?」


このブログは、むすこ(現在0才11ヶ月)が大きくなったら
こんなことを伝えたい、と思いついた内容をメモしておくために始めた。

(なお、先日、記念すべきその初回更新として、
パパ、世の中はお金がすべてなの?」と題した記事をアップしたところ、
妻から「夢も希望もありゃしない」「愛妻家路線はどこに行った」
と言わんばかりの冷ややかな視線を浴びたことは、
とりあえず備忘的にここに記しておこう。)

だがしかし、ぼくは声を大にして言おうと思う。
(念のためフォントも大にしておく。)

お金は大事である。

ぼくが社会人になって何より驚いたのは、
「意外とみんな、お金のことって知らないんだ!」ということだ。

たとえば、自分の年収がいくらで、
そのうち手取りがいくらで、日本の平均年収に比べて上か下か、とか。
将来年金はいくらもらえそうかとか。
今の貯金が、世間一般と比べて多いのか少ないのかとか、
そういった「自分が稼いでいるお金のこと」について、
完璧に答えられる人が、果たしてどれだけいるだろうか。

そしてそういう人に限って、一攫千金を狙って株の信用取引やFXといった
ハイリスクな投機に手を出して借金生活を余儀なくされたり、
あるいは身のたけを超えるローンを組んで車や家を買い、
日々の生活資金が足りなくなってひーひー言っているのである。

これはなぜか?お金のことを知らない本人たちが悪いのだろうか?
いやいや、そんなことはない。
ぼくはこう考えている。

お金のことを教えてくれなかった、教育の仕組みが悪い、と。


国語算数理科社会に英語については何百時間も何千時間もかけて
丁寧に丁寧に教えてくれるのに、ことお金に関して言うと、
ほとんど何も教えられることなく、高校卒業あるいは大学卒業と同時に、
社会に放り出されてしまうのである。

そしてその社会には、皆さんの大事な大事なお金を狙うヤツらが――、
具体的に言うと毎回取られるATM手数料とか
大損必至なハイリスクな金融商品とか
何十万もする腕時計とか、あとは
付き合いで連れて行かれるキャバクラだとか、
(妻へ。これは例えである。)
とにかくそんなモンスターたちが
うじゃうじゃと彷徨っているのだ。超怖い。

こんなモンスターたちに、大事な大事なむすこが将来、
必死になって稼ぐお金を奪われてよいのだろうか。

否、断固として否である!

そしてパパは考えたのだ。
義務教育や塾で自分のお金の守り方について教えてくれないというのであれば、
このぼくが教えてあげればよいのではないかと!

きっとぼくは、そのために銀行員になったのである!

……おかしい。今回は年収1,000万を稼ぐために
具体的にどうすればいいのか語るぞ!と決めて、
記事のタイトルもそんな感じにしたのに、
このままでは一向にその話題に入れそうにない。
むすこ(の将来の財布の中身)を守ろうとするパパの愛情について語るだけで、
ぼくの一日分の文章作成スタミナが底をついてしまう。

よってここで閑話休題
(便利な言葉だ。これもむすこに早いうちに教えてあげよう)

将来、大きくなった息子から
「年収1,000万を稼ぐには、具体的にどうすればいいの?」と
問われたときに備えて、以下に想定シナリオを作成しておこうと思う。
ぼくが社会人になって学んだことは、事前の準備がいかに大切かということだ。
幸い、ぼくがこの話をするまでに、準備の時間はたっぷりとある。
具体的に言うと、20年以上ある。

……若干、時期尚早な気がしてきたが、まぁいい。
そこを気にし始めたらこのブログは企画倒れだ。

やっと本題。
「年収1,000万を稼ぐにはどうすれば良いか!」


(本日の記事のタイトルに惹かれてこのブログにやってきてくれた方は、
ここまでの文章は飛ばして、以下だけを読んでもらうことで結構です。
という不親切きわまりない注意書きを今更はさむことをご容赦ください。)

さて。ここで少し昔話というか、ぼく自身の話を。
実は、ぼく自身が10年ほど前に就職活動を始めるにあたって
会社選びの基準にしたのが、

「フツーに過ごしていても、
年収1,000万を稼げること」
でした。

まず大前提として、きっと誰もがそうだと思うけれど、
人間二十歳を過ぎると、だいたい自分がどのレベルの人間なのかが――
もっと言うのなら、「自分が普通の人間に過ぎないこと」を、自覚するものです
(中には自分がスーパーマンであることを自覚する人もいるけど、
それは本当に一握り、レアケースでしょう)。

スポーツマンとして何億もの年俸を稼げるような突出した才能があるわけでもなく、
会社を興し、それを大きく育てて株式を上場し、莫大な創業者利益を得られるような才覚もない。

あるのはただ、フツーの学歴とフツーの成績、総じてフツーの人物であることを
二十年以上におよぶ人生のなかで嫌と言うほどに自覚していたぼくは、

「普通の人間でも、普通にしていれば、年収1,000万を稼げる業界を選ぼう」という、
実に後ろ向きで、中途半端に現実的な戦略のもと、就職活動を開始したわけです。

就職活動で大事なのは、なんといっても「自分の身のほどを知る」ことである。
その点、あの頃のぼくは、具体的に志望企業を選ぶにあたって、
我ながら的確に自己分析が出来ていたと思う。
「身のほどをわきまえた、現実的な選択肢を吟味した」という意味で。

まず。
年収1,000万を達成できる業種としては、
医師・弁護士・会計士・税理士といった、
「難関国家資格」かつ「士業」が挙げられるが、これは大学三年の後半から、
フツーの人間(ぼく)が目指せるようなものではなく1秒で却下。

続いて、外資系の金融機関やコンサル、
あるいは商社なんかも思い浮かんだけれど、
深夜まで働くハードワークに耐えられる気がしなくて……
というか、たぶん、志望しても学歴が足りずに落ちる図が、
簡単に想像できてしまった。
よってこれも秒で却下。

時間は有限である。
限られた資源は、大切に使おう。
下手な鉄砲が数撃てば当たるのは、
届く範囲に的がある場合だけだ。

こうして「THE・フツー人間であるぼくには、
どう考えても到底無理そうだ……」、
という選択肢をどんどん消去していった結果、
最後に残ったのが、「銀行員」という道だった。

で、受けた。
中略。受かった。

もちろん、入ったら入ったで相当の苦労は経験したけれども……
それでも、取り立てて才能も才覚も実績もないフツーの人間ながら、
どうにかこうにか、年収1,000万という給与をゲットしたのである。

結果論として、最初に設定した目標が達成できたのだから、
大学時代のぼくが採った戦略は、おおむね正しかったのだろうと思う。

こうして銀行小説を書くこともできたし。


さてさて、若干昔話が長くなってしまったが、ここで本題に戻ろう。
(本当に余談が長くなってしまったことをお詫び申し上げます。)

そう。
「年収1,000万を稼ぐため」の話だ。

(本日の記事のタイトルに惹かれてこのブログにやってきてくれた方は、
ここまでの文章は飛ばして、以下だけを読んでもらうことで結構です。
という不親切きわまりない注意書きを今更はさむことをご容赦ください。

 ※二回目!)

ここまでで述べたような「就職先選び」は、
この目標を達成するために重要な要素だけれども、
だからといって、――それが全てという訳でもないのだ。

銀行員だとか、上に挙げたような高年収職業になれなかったら、
年収1,000万は到達できないのか?
いやいや、ぼくは胸を張ってこう答えたい。

そんなことは、ない!

決してそんなことはないのである。
例え年収500万の会社に入った場合でも、
そこから年収1,000万を達成することは、ぜんぜん全く、
不可能な話ではないのだ。

これが、いつか将来、ぼくがむすこ(現在0才)にしっかりと伝えたいことであり、
このブログを始めた目的の中でも、特に大きなもののうちの一つだ。

以下、未来予想図。
なお、むすこは22才ごろまで問題なく育ったものとする。

息子「パパ、年収500万の会社にしか入れなかったけど、
    年収1,000万をもらえるところに転職したほうがいい?」

パパ「いやいやそんなことはない。
    『本業500万 + 副業500万 = 年収1,000万』
    ほら、これなら、転職なんてしなくても問題ないよね」

息子「副業で500万とか無理ゲーだよ

パパ「まぁそう思うよね。
    たしかに、いきなり何百万もの利益をあげるのは
    難しいと思う。
    けど、やり方次第では、何とかなるかも知れないよ」

息子「例えば?」

パパ「例えば、「副業」と言っても、選択肢はけっこうあるはずで。

    ①ブログに広告を貼って、アフィリエイト収入を得る
    ②有名ユーチューバーになって、おもしろ動画を作って稼ぐ
    ③株式投資などの資産運用で稼ぐ
    ④メルカリなどで不要品を売る
    ⑤本を書いて出版し、印税を手に入れる などなど。

    どれかひとつで500万を達成するのは難しくても、
    100万を5コ達成するのなら、何とかなるかも知れないよ。

    もちろん、たくさんの努力が必要だと思う。
    けれど上手くいけば、それはもう副業ではなくて「複業」に、
    ――複数の仕事をこなす、次世代の働き方だと思うんだ」

息子「いやでもそんなの体力が持たないよ…」

パパ「なら、こういう発想はどうだい?
    一人でダメなら、協力プレイだ。

    例えば!素敵な奥さんをゲットして、
    一緒に働いてもらうケースを考えてみよう!
    この場合は……

  『夫:年収500万+妻:年収500万=世帯年収1,000万』

    ほら!これでめでたく年収1,000万の家庭のできあがりだ!
    これなら、よっぽどのことがない限りは、
    お金の心配をしなくても済むぞ!」

はい。ぼくの予定では、
ここでむすこの目からうろこが滝のように落ちる。

息子「さすがパパ!パパ大好き!」

よし。これだ。
この言葉を聞くためにぼくはこの世に生を受けたんだ。

いかがですか、この一つでだめなら複数で、
一人でだめなら二人で!理論は。

特に後者は、お互いを支え合う素敵な夫婦ですよね。
そんな奥さんはサイコーですよね。

そう、あれはまだぼくが若手で給料が安かった頃の話である。
妻に「苦労をかけるね。でもそのうち、
年収1,000万になるはずだから!」って言ったところ、
彼女は笑顔でこう答えたのだ。

  
『ううん。無理はしないで。
足りない分は、私が稼げばいいんだから。  
そのための夫婦でしょ?』


盲点だった。

この瞬間、ぼくの目から、
ウロコが滝のように落ちた。


と同時に、妻への感謝と愛情がストップ高を記録した瞬間である。
そのとき「いまどうしてる?」と聞かれていたら、
迷わず「恋してます。」と答えただろう。



え?自慢かって?

その通りである。

いいだろむすこよ!
お前もこういう奥さんを見つけるんだぞ!

というのが、この記事でむすこに自慢伝えたかった内容である。


おしまい。





ちなみに。
本業プラス副業のくだりで、仮に、
息子「なるほど!副業で稼げばいいんだね!
    じゃあ僕も頑張って、本でも書いてみようかな。
    夢の印税生活を目指すんだ!」


パパみたいに!


……なんて。
そんなことをむすこが言い出したら、ぼくはきっと、


全力で止める。少なくとも
「頼むから仕事は辞めないでくれ!」
と必死になって言う。


そう、まがりなりにも作家としての稼ぎも得ているが故に、
ぼくは今、本気でこの事態をーー。

むすこが「作家になりたい」とか、
ましてや「作家だけで生活しよう」なんて言い出すことを、
ぼくは心から恐れている。

なぜかって?

作家で食べていくなんてことは、宝くじで高額当選するレベルの運と、
他のすべてを犠牲にして努力し続けられる人だけがたどり着く、
ピラミッドの上のさらに上、まさに頂点に鎮座している
「てっぺんの石」を目指すようなものだからだ。

それこそ、ほんとうに無理ゲーである。

それについては、また次回に話そうと思う。

なお、最後に。
このブログが、将来息子に伝えようと思ってることのメモであると同時に、

自分が書いた本をどうにかこうにか
強引に宣伝する場でもあることをお詫び申し上げます。



問1.「パパ、世の中はお金がすべてなの?」


「将来、パパからむすこへ伝えたいことの備忘録」であるこのブログの、
記念すべき初回の更新(前回はプロローグであり、いったん除く)である今日は、
いきなりで大変恐縮だけれども、

「お金のはなし」をしようと思う。


そもそも。困ったことに残念なことに、
いま現在の日本の教育制度では、大事な「お金のはなし」について、
ぜんぜんまったく、ちゃんと教えてくれないのである。

国語や英語、数学や理科社会はしっかりと教えてくれるのに、

「どんな職業がいくら給料をもらえて、それが果たして日本の中で
どのくらいの順位で、そしてそのお金でどんな生活が出来るのか」

なんて話題ついては、まったくと言って良いほど、教育の対象になっていないのだ。


例えば。自分のこどもが大きくなったときに、
「おとうさん。世の中はお金がすべてなの?」なんて問われたときに、
自信をもって「そんなことないよ」と言える親がどれだけいるだろうか
(あるいは何らかの強い信念のもと「その通りだ」と答える場合を含めても)。

残念ながら、ぼくは金融業界に身を置くものとして、
そして家族を養うためにお金を稼ぐパパとして、この問いを明確に否定することが出来ない。

もちろん、だからと言って「世の中はお金がすべてだ」なんて、
そんな言葉を支持するつもりはないけれど、それでも。


ぼくは、お金というものは、幸せになるための「必要条件」なのではないかと、
そんな風に思っているのである。


お金があれば必ずしも幸せになれるというわけではない。
けれど、幸せになるためには……というよりも、

「不幸にならないためには」
ある程度は、お金が必要になるはずだ。
というのが、ぼくが銀行員として生きてきた10年で得た答えである。

例えば。
学費を払えないからと言って、志望校を諦めたり。
財布の中に小銭しかなくて、片思いのあの子をデートに誘えなかったり。
「こんな収入では結婚できないし、仮に結婚できても、子どもは諦めないと」なんて。

自分のこどもには、そんな思いだけはして欲しくないというのが、
親というものなのではないだろうか。

「不幸にならないためには、ある程度のお金は必要だよ」
パパとして、ぼくはこうむすこに、伝えていきたいと思う。

さて。
ではここで、「じゃあ具体的に、いくら稼げば不幸にならないの?」と、
そんな風にむすこに問われたときに備えて、もうすこし思考を掘り下げてみよう。

当然のことながら、年収が何千万とか何億とか、
そんな目が飛び出るようなお金持ちにはならなくて良いと思う。

けれども、それなりの都会に家を買えて、
奥さんと子ども(たち)を特段の不自由がなく養うことが出来るレベルくらいは……、
具体的に言ってしまえば、

「年収1,000万」くらいは、あった方が良いと思っている。
というのが正直なところだ。

ちなみにこの年収1,000万という数字は、ぼく自身が、かつて大学在学中に
就職活動をする際に、会社を選ぶ条件として設定したものだ。

そして実際に銀行員としてこの年収を達成できたいま、
あらためて実感として思うのは、夢のない話で恐縮だが、

「別に何か贅沢をできるわけではないけれど、
普通に家族を養っていく分には。特にお金について悩むことがないレベル」

というのが、この「年収1,000万」という数字だった
(同じ水準の給料をもらっている同僚らも口を揃えてそう言うので、概ね正しい見解だろう)。

例えば将来、むすこが留学したいと言い出したり、
志望校を私立にしたいと言い出したりしたとしても、きっと我が家は、
なんとか乗り切れるだろうと思う。

(それに加えて我が家の場合、妻も働いてくれているお陰で、当初の想定より
だいぶ早くに世帯年収1,000万を達成できたのも大きなプラスなのですが)

と、言うわけで。
むすこよ、とりあえず今日パパがきみに伝えようと思うのは、

「世の中はお金が全てではないものの、
不幸になる可能性をできるだけ低くするために、
頑張って年収1,000万くらいを目指そう。
あ、これは世帯年収でも大丈夫!」

と、こんなところである。

え?じゃあどうすれば年収1,000万を達成できるのかって?
それについては、次回、もう少し詳しく語ってみようと思う。
幸いにして、時間はまだまだあるのだから。



パパからむすこへ


むすこが、もうすぐ1才になる。

生まれたときには50センチ、3,280グラムしかなかったのに、
成長曲線の上限めいっぱいを沿うように、そして時々超えたりしながら、
すくすくぐんぐんと育ってくれた結果、いまでは80センチ、11キロオーバー。

大きくなった。ものすごく大きくなった。

むすこ【0811】


すやすやと眠るむすこの寝顔を見て、いろいろなことを思い出す。

生まれてすぐ、おしっこをしては「おむつをかえてくださーい」と泣き、
「おなかがすきましたー」と泣き、「あついですー」「さむいですー」と泣き、
「ねむいですー」と泣き、挙げ句の果ては「なきたいのでただ泣くー」と泣いたりして。

でもぼくも妻も、一体むすこがどうして泣いているのか分からずに、
おろおろと、思いつくままにオムツをチェックしたりミルクを準備したり、
とにかく、なにもかもが手探りだった毎日のこと。

まぁ、でもそれは今もそうか。

まだおしゃべりが出来ないむすこは、生まれたばかりの頃にくらべたら
よく笑ってくれるようになったし、それなりに自我が芽生えたのか、
「ああしてほしい」「こうしてほしい」をなんとなく伝えてくれるようになったけれども、
それを受け取るぼくと妻は、やっぱりピカピカの新人パパママなので、
君のニーズに100%応えてあげているかと言うと、
正直に言ってあまり自信はないのです。

それでも。
きみに100%の愛情を注いでいることだけは自信をもって言えるので、
どうか大目に見てもらいたい。

まぁ、そんな新人パパなぼくが、どうして数年ぶりにブログを書いてみたかと言いますと、
もうすぐ1才を迎えるむすこのために、何かしら、父として将来伝えたいことを、
このパパとしてフレッシュな新人のうちに、記しておきたいと思ったからなのである。

言ってみれば、将来のむすこへのメッセージ……に、なると良いなぁ、と。

いつかきみが大きくなって、ぼくの書いた文章が読めるようになった頃に、
ひとつひとつ伝えようと思っていることを、
こうしてブログという形に残しておこうと思い立ったのです。

今日は、まずはひとつめ。
どうしても、きみに伝えたいことを。

生まれてきてくれてありがとう。
ぼくはきっと、世界一幸せなパパです。

そしてそんなきみに、お願いごとがあります。

新米で、ミスが多くて、頼りないパパだけど、
きみが幸せになるそのために必要なことがあれば、
なんだってするつもりです。

だから。
どうかどうか、このパパよりも、幸せな人生を過ごしてください。
なんて、そう願うばかりなのです。

8月某日、はれ。
むすこの寝顔を見ながら。

パパより。


……ん?
ちょっと待った、むすこよ。

きみのママは、ぼくが世界一素敵だと思っているひとなわけで。
そう考えると、きみは生まれながらにして、
世界一素敵なママを持つむすこなのでは……?

……けっこうけっこう、うらやましいぞ、むすこよ。




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